尖閣諸島の写真と地図集

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海外で発行された地図
日中間の境界線の位置にも注目してもらいたい。日本やアメリカの地図では与那国島と台湾の中間に
境界線が引かれているのに対し、中国の地図では与那国島のすぐ近海に引かれている。
以前の地図にどのように描かれていたか興味のあるところだが、まだ古い地図を見つけることは出来ない。
これらの地図は1972年以降であるが、それにも関わらず掲載するのは、中国の動きで
各国の世界地図が変更される可能性があるからだ。可能性だけでなく、既にそれは始まって
いるらしい。世界で売られている地球儀の殆どが中国製で、その地球儀に尖閣を中国領土とした
ものが出回り始めたというのだ。このニュースがテレビで流されたのを見て、さもありなんと感じた次第である。
今後は中国政府が他国政府や地図出版会社に圧力を加えることは当然予想されることであるから、
先ず今の状況下における地図の現状を掲載した次第である。
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スイス・アメリカ・イギリス
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スイス
China・Fermer Osten China・Far East
Hawag AG.Bean--Printed in Swizerland 年代不詳
スイスで発行されたこの地図には尖閣諸島がSenkaku-Shotoと記されており、
魚釣島はUotsuri、久場島はKobi、大正島はSekibiと全て日本語読みである。
アメリカ
Britannica atrass.Chicago.c1992 Encyclopaedia Britannica

イギリス
Times atlas of the world 9th comprehensive ed. London.1992 Times books

上図部分
右上にSenkaku gunto(Taio yu-tai) Kobi sho とある。

右上にSenkaku gunto(Taio yu-tai) Kobi sho とある。
Senkaku guntoは尖閣群島 Kobi shoは黄尾嶼の日本語読みである。
( )してTaio yu-taiとあるのは中国への配慮だろうか。
それに比べ、彭佳嶼はP′eng−chia Hsu、棉花嶼はMien Hsu、花瓶嶼はHuo-p′ing Hsu
なっており、同じ嶼が日本語読みのshoと中国語読みのHsuに区別されている。
Diaoyutai_senkaku

Diaoyutai_senkaku (From Wikipedia, the free encyclopedia.)
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/en/1/19/Diaoyutai_senkaku.png
http://en.wikipedia.org/wiki/Senkaku_Islands#Geography
海外で発行された地図
日中間の境界線の位置にも注目してもらいたい。
日本やアメリカの地図では与那国島と台湾の中間に
境界線が引かれているのに対し、中国の地図では与那国島
のすぐ近海に引かれている。
これは日本人としては見逃せない。
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中華人民共和国と中華民国(台湾)の地図
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中華人民共和国
中華人民共和国地図※1
出版:北京 1973年 中国国際書店
第1版 1965年5月
1973年1月 第4版

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「中国歴史地図集・第8冊」
譚 其驤主編・北京1987・地図出版社

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中華人民共和国分省地図集
上海中華彩印分歴印刷
上海1988年 初版1980年
中国地図出版社製版

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中華人民共和国国家地図集
中華人民共和国国家地図集編纂委員会編・北京・1995・中国地図出版社

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台湾省地図冊北京1991.8中国地図出版社

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中華人民共和国地図駐英文対照北京1990中国地図出版社

中国側では釣魚島(Diaoyudao)、台湾側では釣魚台列嶼(Diaoyutai lieyu)
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外務省「尖閣諸島について」より
(一九七二年五月、外務省情報文化局)
−前略−
(3) 中国側の文書も認めている
逆に、中国側が尖閣諸島を自国の領土と考えていなかったことは、サン・フランシスコ平和条約第三条に基づいて
米国の施政の下に置かれた地域に同諸島が含まれている事実(昭和二十八年十二月二十五日の米国民政府布告
第二十七号により緯度、経度で示されています)に対して、従来なんらの異議をとなえなかったことからも明らかで
す。のみならず、先に述べましたように、中国側は、東シナ海大陸棚の石油資源の存在が注目されるようになった昭
和四十五年(一九七〇年)以後はじめて、同諸島の領有権を問題にしはじめたにすぎないのです。げんに、台湾の
国防研究院と中国地学研究所が出版した『世界地図集第一冊東亜諸国』(一九六五年十月初版)、および中華民国
の国定教科書『国民中学地理科教科書第四冊』(一九七〇年一月初版)(別添1)においては、尖閣諸島は明らかに
わが国の領土として扱われています(これらの地図集および教科書は、昨年に入ってから中華民国政府により回収
され、尖閣諸島を中華民国の領土とした改正版が出版されています)(別添2)。また、北京の地図出版社が出版し
た『世界地図集』(一九五八年十一月出版)(別添3)においても、尖閣諸島は日本の領土としてとり扱われていま
す。
(一九七二年五月、外務省情報文化局)
外務省が作成した「尖閣諸島について」を現物で見ておらず、
残念ながらこの別添の地図がそうであるのかどうか
判断できません。この地図がWeb上に幾つかあることにはあるのですが、
元は一つの画像であるように思います。私が見ている中で一番古いのは
田中邦貴氏の「尖閣諸島問題」に掲載されたものだと思いますので
このサイトのものを引用させていただきます。
中華人民民主主義共和国(中国)

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中国大地図・地勢全図・東京・人文社1973

中国大地図・行政全図・東京・人文社1973

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地図で見る日本と中国の違い
台湾と与那国島の中間線に注目!
与那国島のすぐ側まで国境線をひく中国
中国台湾の地図を
「中国歴史地図集・第8冊」
譚 其驤主編・北京1987・地図出版社

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尖閣諸島地図※1

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尖閣群島鳥瞰図第11管区海上保安部

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中華民国(台湾)
中華民国1970年1月初版国民中学地理教科書

田中邦貴「尖閣諸島問題」より
変更された地図(上図の部分)

国境線の位置が変更され、
尖閣群島は釣魚台列嶼と変更された

年代・発行地が不明な地図



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