尖閣諸島写真集
地積標柱・警告文・灯台
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地積標柱
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地積標柱(01)

石垣市が建立した地籍表示のための標柱です(左)。
背面には石垣市字登野城2392番地と記されています。
各島の地籍・地名
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5つの島には全て地籍があり、住所は沖縄県石垣市登野城2,350〜2,354番地です。3つの岩には、地
籍はありません。人の住めない岩には番地も付けなかったのでありましょう。
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今は全て無人島ですが、魚釣島にはかつて鰹節工場があり、多い時は99戸、248人が住む古賀村と呼
ばれた村落がありました。この村名は俗称で、魚釣島を明治時代に開拓した古賀辰四郎氏の名前に因むも
のです。
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(以前の地籍は沖縄懸八重山郡大浜間切登野城村2、390番地〜2、394番地)
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| 島名 |
地籍 |
所有者 |
| 魚釣島 |
石垣市登野城2、392番地 |
栗原國起 |
| 飛瀬 |
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官有 |
| 沖の北岩 |
土地台帳に記載なし |
官有 |
| 沖の南岩 |
土地台帳に記載なし |
官有 |
| 北小島 |
石垣市登野城2、391番地 |
栗原國起 |
| 南小島 |
石垣市登野城2、390番地 |
栗原國起 |
久場島
(黄尾嶼)
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石垣市登野城2、393番地 |
栗原國起 |
大正島
(赤尾嶼)
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石垣市登野城2,394番地 |
栗原國起 |
大正島を除く他の島々は近年まで古賀氏の所有であったが、現在は埼玉県の実業家栗原國起の所有です。
島々に番地が付けられたのは一九〇二(明治三十五)年である。八重山大浜間切登野城村に編入された。
一九一四(大正三)年には石垣市登野城に改められた。
地積標柱(02)

写真:九州大学・長崎大学合同調査隊報告書(撮影昭和45年12月)
地積標柱(03)_
田中邦貴氏のサイト「尖閣諸島」より
地積標柱(04)

同じく「尖閣諸島」より
警告文(01)

写真:九州大学・長崎大学合同調査隊報告書(撮影昭和45年12月)
警告文(02)

魚釣島(千畳岩)に設置されていた琉球政府の警告文
出典:秘境を探る
http://www8.plala.or.jp/Geo/Senkaku.html
警告文(03)

魚釣島千畳岩,上の写真の近景
出典:秘境を探る
http://www8.plala.or.jp/Geo/Senkaku.html
警告文(04)

魚釣島東崎付近,中央に琉球政府の警告文
出典:秘境を探る
http://www8.plala.or.jp/Geo/Senkaku.html
警告文(05)

魚釣島東崎付近,上の写真の近景
出典:秘境を探る
http://www8.plala.or.jp/Geo/Senkaku.html
警告文(06)

写真:九州大学・長崎大学合同調査隊報告書(撮影昭和45年12月)
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灯台
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灯台(01)

日本青年社のホームページより
http://www.seinensya.org
灯台(02)

灯台(03)

日本青年社のホームページより
http://www.seinensya.org
灯台(04)

灯台(05)

灯台(06)

灯台(07)

灯台(08)

南小島 日本共産党・穀田議員のHP 「こくたが駆く」より
灯台(09)

日本青年社のホームページより
http://www.seinensya.org

日本青年社のホームページより
http://www.seinensya.org
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岩に描かれた日の丸
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日の丸(01)

出典:サピオ2005年10月12日号(平成17年)90頁

日本青年社のホームページより
http://www.seinensya.org
日本青年社のホームページにある下の写真を見ると岩に描かれた日の丸は彼らが描いのであろう。
日本青年社が灯台を造った時から政府に所管が移るまで新聞テレビのマスコミは一貫して
右翼が造った灯台と言ってきた。私は彼らが右翼かどうか知らない。マスコミに載せられた
程度なら知っているが、それ以上は知らない。それでも右翼という言葉に隠された政府と
マスコミの怠慢は分かる。政府もマスコミも尖閣諸島は日本の領土だと言いながらも、
本当はそのようには思っていなかった。尖閣諸島の帰属が日本だろうと中国だろうとどちらでも
よかった。政府はそれよりも中国との間で何事もないことの方が大事だったのである。
マスコミは本気で「尖閣諸島は日本の領土だ」と思っていたのではない。彼らが
「尖閣諸島は日本の領土だ」と言うのは、商売になるから、売れるから、
国民が読んでくれるからであった。もは彼らが「尖閣諸島は日本の領土だ」と
本気で思っているのなら、「政府はこんな大事な問題をなんで自ら行わないのか」と
声を大にして非難したはずである。灯台が政府に移された時も、「遺失物を所有しただけ」
だとう言う政府の卑怯さを非難したはずである。今だって言える。
「政府よ、なんで奈良原だけの頂上に強風でも壊れない、そして日本の領土である
ことを示すにふさわしい堂々たる灯台を造るべきだ。我が国は国際紛争を解決する為の
戦争を放棄している。その我が国にとって、素早い行動、断固たる行動、国際世界への
アピールと主張への賛意の獲得、これらにいかなる粗漏があってもいけない。政府の態度は
我が国にとってあってはならない怠慢である」と。政府もマスコミも逃げてはいけない。
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