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北小島・南小島地図
尖閣諸島の写真と地図集



北小島・南小島地図


(上が南小島、下が北小島)


北小島
高さ : 海抜129m
周囲 : 3、164m

南小島
 高さ : 海抜148m
 南小島 : 2、509m

北小島と南小島の間は200m(第11管区海上保安本部)
北小島と魚釣り島との距離は約5q、

(管理者の大きさの推定、最大幅) 
北小島:横約540m 縦880m
南小島:横約1、120m 縦約520m 
(大きさを頭に浮かべる為に調べた数字で、全くのおおよそであり、当てにはなりません)



南小島・北小島地図 01
尖閣諸嶼地質図(地学雑誌明治33年卷)
黒岩恒(くろいわひさし)氏の作成した地図。
「尖閣諸嶼」とは南小島、北小島のこと。

今の時代から見ると正確なものではないが、その苦労は伝わってくる。EOLOGICAL MAP OF 
PINACLES. BY.HKとあるが、 「PINACLES」は尖閣諸嶼のこと。BY.HKは黒岩恒(くろいわひさし)氏。
北小島・南小島を「PINACLES」と言ったのはいつまでか分からない。

三尊岩・イソナノセト・伊沢泊・新田立石・などの地名が明確に残されているのだが、こういう先人の歴
史や苦労が政府にはまるで引き継がれていないと私の目には見える。だからど尖閣諸島の地名も含
めどの地図にもこれら地名は書かれていない。沖縄県石垣市登野城という地籍だけで十分だと考えず
に、私たちの先人が残した歩みと成果をきちんと後生に伝え残してほしい。現代に生きる者が先人の
苦労を忘れない社会であってほしいものだ。




南小島・北小島地図 02

国土地理院1:25000

※ 地名の伊沢泊と新田立石、イソナノセト、三尊岩は明治時代に尖閣を探検した
黒岩恒が附けた地名で、私が国土地理院の地図に管理者が書き足したものである。
尖閣という名称も黒岩恒氏が付けた名である。






北小島・南小島地図 03





南小島・北小島地図 04






南小島・北小島地図 05
南小島の西岸伊沢泊の景

尖閣列島探検記事・承前
黒岩 恒
地学雑誌・第12輯141巻7・・536頁
明治33年09月発行

この絵を見ると小屋が3つある。季節の工場だろうか。或いは住居を兼ねた家だろうか。
家の間の丸いものは何であろう。古賀辰四郎は海鳥の羽毛採取や剥製の製造をしているから、
その為の施設かもしれない。












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